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広島城

広島城の歴史って?

天正てんしょう16年(1588)、輝元てるもとは初めて上洛し、秀吉に謁見えっけんしました。その時に大坂城・聚楽第じゅらくだいを訪れ、その豪壮さや町の繁栄を目の当たりにした輝元てるもとは、郡山城こおりやまじょうがすでに時代遅れであることを悟り、新しい城づくりを決意したと言われています。そして中国地方一帯を治めることができる城と城下町建設のために城地じょうちとして選んだのが祖父元就もとなりが重視していた広島湾頭だったのです。翌17年(1589)、太田川デルタ周辺の山々から城地を見立て、築城を開始しました。当時、「五箇ごか」と呼ばれていたこの地が「広島」と名付けられたのはこの時であったとも言われています。
城地じょうちとして選ばれたのがデルタであったため、地盤が軟弱で難工事となりましたが、工事は急ピッチで進められ、2年後の同19年(1591) には輝元てるもとは入城を果たしています。しかしこの時は本丸ほんまるなどの主要な部分が出来ていただけで、石垣や堀は未完成だったようで、その後も工事は進められました。天正てんしょう20年(1592)に秀吉が広島に立ち寄り城を見た時も未完だったようで、文禄ぶんろく2年(1593) に石垣が完成、慶長けいちょう4年(1599) に落成らくせいしたとする記録が残されています。しかし、翌5年(1600) 、関ヶ原の合戦において敗れた西軍の総大将であった輝元てるもとは、徳川家康によって「周防・長門すおう・ながと」(山口県)へ転封てんぽうになりました。

(公益財団法人広島市文化財団 広島城HP)より

広島城の見どころ感想

行ったときは風が強かったからかやっていなかったんですが、お堀の周りを船で回る遊覧船があったり、中に入ると廣島護國神社もありそこで参拝やおみくじ等も引けます。
鳥居の手前には小さい茶屋的なお土産屋さんがあり、そこで飲んだコーヒーが妙にうまく感じた広島城の店主は5階建てです。5階っていうと以外に低く感じますが、遠くには厳島もはっきり見えて天守閣に行くと相当眺めがいいです。今みたいに高い建物もなかった当時はどんな光景が広がってたのかと想像すると浪漫を感じます。

(公益財団法人広島市文化財団 広島城HP)より

 

広島城の行き方

広島駅からだとバスで「合同庁舎前」で降りれば徒歩で約5分です。

広島城の写真

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